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マレー系の人々は安全な海路でマダガスカルに来た(日本人のルーツ 2016.6.7)

マレー系のマダガスカル新移住経路

拙ブログで、マレー系の人々はマダガスカルだけでなく世界に広まった海洋民族であることを紹介しました。このとき、ブログ仲間の「マウントエレファントさん」が「不思議ですね。 その時代(5世紀頃)、海をわたるのは、それこそ命がけ。 でも、そうとしか考えられませんね」、とコメントしてくれました。

同じように私も思っていました。しかし、最近、マダガスカルの知識人から聞いたことですが、マレー系の人がマダガスカルに来た経路として、命がけでインド洋を渡る経路ではなく、安全なアフリカ東海岸を経て来たという説があるようです。

その関係の証拠(遺跡)はアフリカ東海岸にいくつも見つかっており、ある場所に住みつくとその場所にとどまり、落ち着いたところで次の場所へ、という感じで長い時間をかけて少しずつ移動してきたようで、命がけの移動ではなかったようです。

拙ブログでは、過去の記事をもとに、「アウトリガーを使いインド洋の島々を渡ってきた」と紹介したことがありますが、アウトリガーを使うにしろ、アフリカ東海岸経由説の方が安全であり、確実と思われます。

また、余談ですが、アフリカに最初に上陸した日本人に言及しますと、伊東マンショ等4人の天正の少年使節と言われております。

彼らは、1582年に長崎から出航し1584年にローマを訪れ、その帰路、1586年9月1日に東アフリカ南部のモザンピークに到着し、インド(ゴア)行きの季節風が吹くのを待ち、翌年3月まで半年間、当地に滞在した、とあります。こちらの方も、安全を優先し、のんびりしていた世界旅行であったと思います(笑)。

なお、関連し、上の地図は、マレー系の人達がアフリカ東海岸からマダガスカルに来たコース、そして、日本人が滞在したモザンビークの場所です。

一方、下の写真は記事と関係ありませんが、現在、マダガスカルで咲いている花の様子です。桜の仲間でしょうか。


マダガスカルの桜のような花2

マダガスカルの桜のような花1


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