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中国系とモンゴル系はツングースとなって日本へ来た(日本人のルーツ 2016.4.6)

ツングースの由来

前回、日本人のY染色体のハプログループの内容で、「中国系とモンゴル系のハプログループも入っていること」を紹介しました。今回は、それらの人々がどのように日本にきたのか愚推します。

結論を先に言いますと、それらの人達はツングース系民族(満州人、高句麗人など)となって朝鮮半島から日本に来たと思われます。

そこで、ツングース系民族、例えば韓国人の解析(Kim 2011、サンプル数506人)ですが、マレー系(O1b 32%)、中国系(O2 44%)、モンゴル系(C 13%)、チベット系(N 5%)、その他(Dなど6%)の混血であることがハプログループ解析から明らかになっています。

O1bのマレー系の民族は3万年前頃日本にきた」と前回紹介しましたが、同時に朝鮮半島にも来ています。

当時は大陸中央部には中国系、北方にはモンゴル系が住んでいたと思われますが、中間の満州から朝鮮半島にかけては空白であったことが、当時の遺跡が少なかったことから予想されます。

すなわち、O1bのマレー系の人達は、その空白地域に入りこみ、近隣の中国系とモンゴル系と混血しながら、1万年前頃には北方地域に適応したツングース民族になったと思われます。そして、5000年前頃となると人口が増大し、朝鮮半島から南下してきたのではないかと思われます。

5000年前頃というのは、前回紹介しましたように、日本では縄文文化全盛時代です。そして、採集文化でありながら、まだ余裕のある時代でした。また、関連の話ですが、朝鮮半島から見ると、日本は、大木が茂り緑豊かな南方の地域に見えるようです。

このため、人口の増えたツングース系の人達には、日本が希望に満ちた新天地に見えたと想像できます(笑)。そこで、5000年前頃からツングース系の民族が日本(西日本)に少しずつ流れ込んできたと思われます。

当然のことながら、このツングースの中には、中国系、モンゴル系が含まれていますので、日本人の中に、自然と、これらの新しい遺伝子が入ってきたことになります。

私の予想では、最終的には、ツングース系は日本の人口の半分まで占めるに至ったと思われます。この理由は後で紹介します。

関連し、上の図は、ツングース系民族が発生する経過と日本に来た道です。

また、下の図は、ハプログループから見た、日本人と、ツングース系の民族と言われる隣国の韓国人の比較です。「日本人に一番近い民族は韓国人」と紹介したことがありますが、そのとおりだと思います。


ツングースと日本人


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  1. 2016/04/06(水) 00:13:52|
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