野菜を食べやさい

無農薬、無耕起、無堆肥による有機栽培を通じ、旬野菜、食と健康、自然との共生、退職後の人生について発信いたします。

マダガスカル100年食堂(マダガスカルとアフリカ 2016.2.3)

マダガスカル食堂1

マダガスカルの中国人について紹介してきました。

関連し、華僑と言われる中国人がマダガスカルに何時ごろきたのか調べますと、東南アジアと同じ時期、すなわち100年前の1900年頃からのようです。

マダガスカルでは、東海岸と内陸中心都市のアンタナナリボを繋ぐ鉄道建設が1901年に始まりましたが、このときに中国人労働者(クーリー)3000人をフランスの経営者が雇ったのが、華僑の始まりと言われています。鉄道工事では難工事のため数百人の中国人が亡くなるという痛ましい事故も起きています。

鉄道工事が終わった1930年頃、中国人労働者はマダガスカル社会に溶け込んでいったと言われます。当然のことですが、マダガスカルに中国人女性はほとんどいませんでしたので、中国人はマダガスカル人と結婚し、料理とか中国人の得意な分野を生かし、生きてきたと言われます。

日本に「津軽百年食堂」という映画があります。津軽という北のはての歴史ある町、そして食堂という舞台ですが、そこには、100年に渡る出会いと別れ、生きる喜び悲しみが切々と表現されていました。

上と下の写真は、前回紹介のマダガスカル食堂の様子ですが、ここマダガスカルの食堂にも同じ100年があったのではないかと想像しております。

マダガスカル食堂2

なお、ガラスケースに映っているケーキはご飯で作られたパンで、食べるとご飯の美味しさが口に残り、けっこう行けます。日本で言えばパン風焼きおにぎりという感じでしょうか。

関連し、その食堂の家族と場所(地図)を下に示しました。


マダガスカル食堂地図

マダガスカル食堂家族


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  1. 2016/02/03(水) 00:35:46|
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