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日本人のルーツ、モンゴル系の人々愚考(日本人のルーツ 2014.8.17)

アケビ8月

今日は雨後曇り。涼しく静かな朝となりました。今日は、スイカなど夏野菜を片付け、秋野菜の準備をする予定です。

さて、先日、日本人のルーツと関連し「マレー系の人々は偉大な海洋民族であったこと」を紹介しました。今回は、日本人のもう一つのルーツであるモンゴル系の民族について愚考します。

日本には、海の民、山の民という言葉があります。もし、マレー系の人々が海の民のルーツなら、モンゴル系の人々は山の民のルーツになるのではないでしょうか。

人類のルーツはアフリカのケニア北部にあるツルカーナ湖周辺と言われております。この説に従いますと、モンゴル系の人々は、10万年前頃、アフリカを出発し、ユーラシア大陸をトルコ辺りから北上し、その後、東進し、バイカル湖付近に5万年前頃たどり着いたことになります。

生活は、マンモス狩りなどを得意とする狩猟民族であったと、推察されます。

極寒の地に適応するため、鼻は低くなり、目は小さく、かつ一重まぶたになったと言われております。また、その他の特性として、酒の飲めない人もいたなどとも言われております(笑)。

そして、それらの人たちの一部が南下し、朝鮮半島を経て日本に辿り着いたのが3万年前頃と言われます。

そして、モンゴル系の人たちが日本へたどり着いたとき、日本には、すでにマレー系の人々が2万年前から暮らしており、モンゴル系の人々は、生活面でマレー系の人々にお世話になったことが想像されます。

しかし、朝鮮半島は日本列島の目と鼻の先にあり、その後、モンゴル系の人々が多数押し寄せ、日本では後発のグループが多数派になりました。このため、「日本語のルーツ」で紹介しましたように、日本語においては多数派のモンゴル系の文法が採用されるようになりました。

そして、狩猟民族のモンゴル系、海洋民族のマレー系、これらが混血し、縄文日本人ができあがったと思われます。

一方、日本人は農耕民族とも言われますが、それは豊かな自然の恵みに依拠してできあがった縄文時代以降の民族特性であり、ルーツは、狩猟民族、海洋民族であったことは否定できません。

このため、農耕民族にはないような野蛮な事件が、日本の歴史のなかにいくつか見ることができますが、そのようなDNAを日本人はもともと持っていた、と考えることができます。

なお、有名な青森の縄文遺跡に「三内丸山」がありますが、その周辺には大規模な栗林が広がっていて、栗は重要な食糧だったのではないか、という報告があります。

関連し、上と下の写真は我が家の果樹の現在の様子で、アケビとキウイですが、モンゴル系の人々は、もともと山の民で、栗を初め、このような山の幸を楽しんでいたのかな、と勝手に想像しております(笑)。


キウイ8月


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  1. 2014/08/17(日) 07:27:10|
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