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無農薬、無耕起、無堆肥による有機栽培を通じ、旬野菜、食と健康、自然との共生、退職後の人生について発信いたします。

アイヌ系民族の日本への道(日本人のルーツ 2016.8.28)

アイヌ系民族の日本への道

拙ブログでは、家庭菜園の目標である「自然との共生」と関連し、そのルーツについても愚考しております。

その「自然との共生」ですが、日本に最初に来たアイヌ系の人達によって育まれ、私を含め日本人に潜在的に存在している思想であることを紹介してきました。

今回は、アイヌ系民族がアフリカを出たあと、南国のスンダランドにとどまらず、なぜ日本をめざしたのかについて愚考します。

人類は20万年前にアフリカのツルカーナ湖周辺の大地溝帯に出現し、人口が増えてきた10万年前から世界に広まりました。Y染色体ハプログループD型のアイヌ系やC型のモンゴル系の人々は最初にアフリカを出たグループと言われます。

当時は氷河期で、アイヌ系の人々は、アフリカを出たあと、インドなど暖かいルートで東南アジアのスンダランドに到着したと言われます。

スンダランドというのは、海面が低下した氷河期に現れたマレー半島からインドネシアやミンダナオ島辺りにあった大陸と言われます。暖かく、かつ適度な雨があり、植物や木々が茂り、当時、人類が住むのには最適の大陸だったようです。

このスンダランドの末裔と思われる現在のインドネシア等周辺の人達のY染色体ハプログループはO1bグループが主で、アイヌ系のDグループはほとんどいません。Dグループはベトナムやフイリピンにわずかに認められる程度です。

ということは、東南アジアに最初に来たDグループの多くは日本を目指したことになります。なぜ日本を目指したのか。それは想像するしかありません(笑)。

私の愚推ですが、アイヌ系の人々は、5万年前頃、スンダランドに到着したと思われます。そして、日本という緑豊かで食糧豊富な場所があるという情報を知り、スンダランドから日本に向かったと思われます。

1000年単位で考えますと、スンダランドと日本(沖縄諸島)の間は遠くありません。例えば石垣辺りは、台湾、そしてフイリピンのすぐ傍です。まして、当時は氷河時代で海面が低かったことから推察しますと、陸の面積は多く、島と島の間は今より狭く、島から島への移動はより簡単であったと推察されます。

アイヌ系Dグループ人達が今も沖縄に認められますが、その人達は、最初に日本に来た人達の末裔と思われます。そして、その人達の仲間は、新たな情報をもとにさらに北を目指し、太平洋側を移動し日本中に広がったものと思われます。

関連し、上の図はアイヌ系の人達が、スンダ大陸を経て日本へ来た経路です。

そして、いつもの下のマンガ絵でくつろいでいただければ(笑)。


スンダランドマンガ絵2

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  1. 2016/08/28(日) 03:38:58|
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