「日本会議と戦う!?「度胸の天皇陛下」がついに決意された」という記事が阿修羅掲示板に紹介されていました。その記事を引用しますと次のとおりです。
畏れ多いことながら"ある事件"以来、「今上天皇は度胸で誰にも負けない!」と思うようになった。
「ある事件」とは2004年の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さんが「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話した時のことだ。
これを聞いた天皇は(いつもと同じように和やかではあったが)、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べられた。米長さんは「もちろん、そう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えるしかなかった。(引用終了)
前置きが長くなりましたが、今回は、この「強制になるということではないことが望ましい」という今上天皇の言葉と関連し、その縄文思想について、愚考します。
その言葉の意味は、言い換えますと、強制でなく「自然にそうなるのがいい」、という意味かと思います。そして、この「自然にそうなるのがいい」ということは、「和」や「自然との共生」に繋がる日本に古くからある縄文思想でないかと思われます。
日本人は、1万年以上という縄文時代を経験し、そのなかでは「自然との共生」という空間の中で暮らしてきました。このため、自然を壊さないことの重要さ、対立や無理な強制はしないことの重要さを学んだのではないかと思われます。
そこで、まとめますと、今上天皇の言葉は、「心の内側から起こってくるものが自然であり本物であること」、関連し、日本古来の「和」の思想や「自然との共生」(縄文思想)に通じるものを大切にしていることを感じさせます。
関連し、個人的な思いになりますが、今上天皇は、訪問先で必ず平和の大切さを訴え、現在の平和憲法を尊重し、日本の心を代表するすばらしい国家元首だと思うこの頃です。特に海外で働いていると、その姿がよく見えます。
なお、上と下の写真は記事と関係ありませんが、マダガスカル海岸部(熱帯)の黄色い花です。かなり大きな木ですが名前は分かりません(笑)。

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- 2016/12/04(日) 01:05:09|
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